夏の夜の岐阜。長良川を、舳先に火を燃やした木の舟が下ってきます。火の下では鵜匠が10羽から12羽の鵜を手縄で操り、鵜は澄んだ川の鮎を追って水に潜ります。岐阜市は、この川の鵜飼の歴史を1,300年以上前までたどります。その根拠は、702年の美濃国の戸籍に、鵜飼を営む家の者の名が記されていることです。

この記事は、京都と名古屋から行ける四つの川の鵜飼の話です。岐阜の長良川、嵐山の大堰川、宇治川、そして犬山の木曽川。それぞれの川がいつ鵜飼をするのか、夕べがどう進むのか、どこに泊まるのか、そしていちばん近くで見るにはどうすればよいのかを書きます。2026年11月5日に、岐阜市と鵜飼観覧船事務所、長良川うかいミュージアム、嵐山の船会社、京都府と愛知県、宇治市観光協会、岐阜の旅館一軒、京都のホテル二軒、新聞一紙の頁を読みました。どこにも問い合わせはしていません。出典は最後にまとめています。川の夕べの前の午後を過ごすのに合う宇治のお茶については、宇治の抹茶を産地でをご覧ください。

要点

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長良川と鵜匠

岐阜市によると、長良川の鵜匠は、宮内庁式部職鵜匠という職名を持つ日本でただ一つの鵜匠です。いまは6人。鵜匠の家に生まれた男性しか就けない世襲で、一家に一人です。使うのはウミウで、カワウより体が大きく丈夫な鳥です。鵜飼の期間中には年に8回、皇室に納める鮎を捕る御料鵜飼があり、ふだんは禁漁区になっている長良古津の流れで行われます。その夜の観覧は、御料鵜飼が終わってからになります。岐阜市長良と関市小瀬に伝わるこの技術は、国の重要無形民俗文化財です。

この川は、昔から名高い客を迎えてきました。岐阜市の記録では、1568年に織田信長が武田信玄の使者を鵜飼に招き、1688年には松尾芭蕉が訪れて「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな」と詠み、チャールズ・チャップリンは1936年と1961年の二度見物しています。長良川うかいミュージアムは、いまも鵜匠が暮らす鵜飼屋と呼ばれる地区にあり、舟に乗る前の夕方を過ごすのに向いています。

長良川の夕べ

夕べの流れは決まっています。17時45分、御料鵜飼の日を除いて、鵜匠が乗り場で鵜飼の説明をします。乗合船の出船は18時15分、18時45分、19時15分。19時45分ごろ、始まりを知らせる花火が上がります。川の具合によって、観覧船が船団を組んで鵜舟1艘と並んで川を下る狩り下りになるか、停泊した観覧船の前を鵜舟が順に下っていく付け見せになります。最後は総がらみ。鵜舟が川幅いっぱいに横一列に並び、いっせいに鮎を浅瀬へ追い込みます。下船は20時30分ごろです。

私たちなら貸切船を選びます。岐阜市の貸切専用の船は、10人乗りの白月、15人乗りの藍山と花篝の3艘。両側にベンチシートがあり、照明は明るさを変えられます。食事は持ち込みで、乗り場の近くには弁当を買える店がほとんどないため、観覧船事務所も仕出し屋などに前もって頼むよう勧めています。貸切なら出船の時間を選べるので、火が川を下ってくるまで、水の上でゆっくり食事ができます。

岐阜で川のほとりに泊まる

長良川のほとりの十八楼は、1860年、宿屋「山本屋」がいまの名に改めてから客を迎えてきました。名の由来は、松尾芭蕉が岐阜に滞在した折に残した「十八楼の記」だと言われています。館内から船着場へは専用通路「鵜飼小路」が通じていて、宿はこれを十八楼だけの特典としています。階段があるため、車いすの方には別の道を案内しています。船の上で食事をとることも、宿で会席料理を楽しんでから乗船することもできます。初めての夕べなら、私たちは後者を勧めます。時間を気にせず夕食をとり、少し歩いて水辺へ向かえるからです。

2026年、岐阜市は GIFU PREMIUM を加えました。川のクルーズと古い町並みの散策から始まり、岐阜の名店の夕食を船の上でとり、そのあと鵜匠ごとの漁の違いを見比べ、漁を終えた鵜匠が獲物を見せるところまでを鑑賞する夕べです。8月11日から10月9日までの14夜、最大12人で、乗合と貸切がありました。2027年も行うのか、どの夜になるのかは、岐阜市の発表を待つことになります。

京都から嵐山と宇治へ

嵐山の鵜飼は平安の昔から続いてきました。船会社は、小倉山の名も霞む鵜舟の篝火を詠んだ在原業平の歌を引いています。嵐山通船の期間は7月1日から9月23日。出船は8月15日までが19時と20時、8月17日からは18時30分と19時30分です。食事付きの貸切船は8人、15人、20人乗りで、2時間です。川沿いのホテルも客を川へ送り出します。2026年には星のや京都が専用の船「翡翠」での鵜飼観賞を、翠嵐が夕食と20時からの1時間ほどの観賞を組み合わせたプランを出していました。嵐山に泊まるお二人なら、私たちは着いたその夜にこの夕べを置きます。

宇治はもっと静かで、始まりも少し早い川です。2026年の出船は8月31日までが19時、9月が18時30分で、夏は20時ごろに鵜飼が終わりました。宇治には4人の鵜匠がいて、そのうち3人が女性です。鵜の中にはウッティーと呼ばれるウミウがいます。最初の1羽は2014年に日本で初めて人工ふ化で生まれ、いまは9羽が川で働いています。貸切船は10人、15人、20人乗り。私たちは宇治の鵜飼をお茶の一日と組み合わせ、すでに町にいるうちに川へ向かっていただくようにしています。

犬山と木曽川

愛知県は、犬山の木曽川鵜飼を1,300年の伝統を持ち日本最古とも言われる鵜飼と紹介しています。舟の向こうには、ライトアップされた国宝犬山城が浮かびます。観覧船は鵜舟のすぐそばまで寄り、県によれば、篝火の熱を頬に感じるほどです。2026年の期間は6月1日から10月15日まで。2003年からは昼の鵜飼も行っていて、県はこれを全国に先駆けた取り組みとしています。

犬山市は鵜匠を市の職員として雇っています。2026年7月には、ベテラン2人の引退を受けて新たに2人を鵜匠として採用しました。市職員の鵜匠の採用は34年ぶりで、新聞は前年度の乗船者が1万7,153人と、長良川に次いで全国で2番目に多かったと伝えています。名古屋から気軽に行ける夕べで、川の上にそびえる城が、ほかの川にない景色をつくります。

行く時期と手配のしかた

四つの川の期間は7月から9月に重なり、岐阜と犬山は10月半ばまで続きます。10月は夕べが涼しくなります。岐阜市も書いているとおり、雨で川が増水すると舟は出ないため、私たちは予定にもう一晩の余白を残します。2027年の日程はそれぞれが発表します。岐阜市は期間を5月11日から10月15日、嵐山は7月1日から9月23日としています。

7〜21日の旅をつくる Signature(USD 3,500、ご一行あたり)の中で、私たちは貸切船、旅館や仕出し屋からの船上の夕食、京都や名古屋からの車、川辺の宿を手配します。舟が出る前に鵜匠が少し話をしてくださるかどうかも、お客様に代わってお願いします。それを決めるのは鵜匠と観覧船事務所です。それぞれのお支払いは、いちばん簡単な方法で、たいていはホテルの会計か当日に済ませていただきます。

出典と確かめ方

2026年11月5日に、下の頁を読みました。観覧船事務所、旅館、ホテル、博物館、そのほかどこにも問い合わせはしていません。私たちが読んだ時点では、2027年の日程はすべての川で発表されていたわけではありません。

よくあるご質問

日本の鵜飼の季節はいつですか

岐阜市は長良川の鵜飼の期間を5月11日から10月15日としています。犬山は2026年に6月1日から10月15日まで、嵐山は7月1日から9月23日まで、宇治は2026年に7月1日から9月30日まで行われました。四つの川がそろうのは7月から9月です。

長良川で貸切船に乗れますか

乗れます。岐阜の観覧船事務所には10人乗りと15人乗りの貸切船が3艘あり、17時30分から19時15分のあいだで出船の時間を選べます。食事は持ち込みで、私たちが旅館や仕出し屋から手配します。

鵜匠に会えますか

岐阜ではたいていの夜、17時45分に鵜匠が乗り場で鵜飼の説明をします。鵜匠と少し個別にお話しする時間は、お客様に代わって私たちがお願いするもので、決めるのは鵜匠と観覧船事務所です。

初めての鵜飼は岐阜と京都のどちらがよいですか

嵐山に泊まるなら、嵐山の川が自然な夕べです。宮内庁式部職の鵜匠、貸切船、川辺の宿まで味わうなら、私たちは岐阜の長良川を選び、そのための一晩をとります。

雨の日はどうなりますか

雨で川が増水すると舟は出ません。そのため私たちは、予定にもう一晩の余白を残しています。

川の夕べのご相談

いつ来られるか、どなたと旅されるかをお知らせください。旅の道筋に合う川、船、夕食、宿を理由とともに並べ、選んでいただけるようにします。

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手配するお店やバーには、紹介制や会員制のところもあります。お客様に代わってお願いし、お席と日取りはお店の判断によります。名前は公開していません。

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