日本の香の物語は、淡路島から始まります。日本書紀によると、595年の四月、香りのよい木が淡路島に流れ着きました。島の人はそれが何か分からないまま薪と一緒にかまどにくべ、その香りがあまりに見事だったので、木は朝廷へ献上されたといいます。それから千四百年あまり。淡路島はいまも日本の線香の大半をつくり、京都では古い香の店が、香道のための香木を整え続けています。

この記事では、香道をいちばん深いかたちで味わうための話をします。二つの大きな流派、組香と呼ばれる香の遊び、京都の香の老舗、淡路島の線香づくり、そして香木そのもの。2026年11月5日に、松栄堂と山田松香木店、文化庁、兵庫県、神戸新聞、国立国会図書館、国語辞典などの頁を読みました。どこにも問い合わせはしていません。出典は最後にまとめています。同じ時代に香の座敷と並んで育った茶の湯については、京都のプライベート茶会をご覧ください。

要点

香の午後のご相談 →


香の道と二つの流派

鑑真は仏教の戒律とともに多くの香薬を日本にもたらしたと伝えられ、平安の貴族はいくつもの香料を練り合わせた薫物で、部屋や衣に香りを移して楽しみました。ひとつの道としての香道は、室町時代のものです。八代将軍足利義政は東山の山荘で、集めた香木の香りを聞いて日々を過ごしました。その香木を分けるために、公家で歌人の三条西実隆(1455–1537)と、義政に仕えた志野宗信が中心となって、いまも香の店が伝える「六国五味」の分け方を編み出し、道具や聞き方の作法もこのころに整いました。

二人は、二つの大きな流派の祖として語られます。御家流は実隆を祖とし、堂上の公家に伝えられました。志野流は宗信を祖とします。文化庁は、志野流を500年以上にわたって香道の道統を途絶えることなく受け継いできた唯一の流派と紹介しています。宗家は十五代まで京都にあり、その後、尾張徳川家の庇護を受けて尾張、いまの名古屋へ移りました。いまの家元は二十一代目で、2025年の春に父から継いでいます。どちらの流派でも、香りと同じくらい座敷での作法が大切にされます。

香を聞く 聞香と組香

香道では、香りを「聞く」と言います。ひとつの香木にじっと心を向けることを聞香と呼びます。小さな香炉の灰の中に炭を埋め、その上で香木のかけらを温め、香炉を客から客へ回していきます。次の香りを聞くと前の香りは消えていくので、座敷は静かなまま、客は一人ずつ香りを心に留めてから香炉を回します。

組香は香道の決まった遊びで、二つ以上の香木を聞いて、どれがどれかを聞き分けます。いちばん豊かだったのは1700年前後の元禄のころで、古典に題をとった組香がいくつも生まれました。源氏物語にちなむ源氏香、七夕の香、競馬になぞらえた香などです。はじめての方には、組香がいちばん分かりやすい入り口です。聞き分けるという遊びがあることで、心の向け先がはっきりするからです。

京都 松栄堂と山田松香木店

松栄堂は1705年ごろから京都で香をつくってきました。丹波篠山の里長だった畑六左衞門守吉が「笹屋」として始め、松栄堂の名は三代目のときから。いまは十三代目です。本店は烏丸通二条上ルにあり、年始を除いて毎日、9時から18時まで開いています。隣には2018年7月11日に開いた薫習館があり、展示室、香りを体験する場、香房の見学があります。松栄堂は香を聞く会も開いていて、2026年11月28日には薫習館で予定されています。

山田松香木店は江戸中期に創業した香木の専門店で、京都の本店のほか、東京の半蔵門にも店があります。京都本店では、聞香の短い講座と、五つの香木を聞き分ける源氏香の体験があり、2人から6人まで、椅子に座って受けられます。講座の頁は日本語だけで、香りが繊細なので香水をつけずに来るよう書かれています。私たちはこうした体験を日本語の電話で手配し、香道の言葉に通じた通訳を付けます。香木の名や、組香の背後にある歌まで伝わるようにするためです。

黒い木の台に置かれた、紙の筒に入った細い線香の束

淡路島 線香をつくる島

最初の香木が流れ着いた島は、いまでは日本の線香の大半をつくっています。兵庫県によると、線香づくりが淡路島の西岸、江井に根を下ろしたのは1850年ごろ。土地の人が泉州堺の職人から技を学んだのが始まりでした。原料を運び入れ品物を送り出すのに便利な良港と、線香の乾燥に向いた播磨灘からの季節風が、産地を育てました。県は江井地区の線香を全国の約70%のシェアとしており、町に漂うお香の香りは環境省の「かおり風景100選」に選ばれています。神戸新聞は、組合に入る島内のメーカーは14社、2018年度の産地全体の生産量は約2,800トンと伝えました。

兵庫県線香協同組合は2005年度から、島の線香の作り手を「あわじ島の香司」の名で打ち出し、工場見学や職人体験も企画しています。工房では、柔らかい線香を板の上で切りそろえ、隙間なく並べてまっすぐに乾かし、窓の開け閉めで風を加減します。淡路島への一日は、京都や神戸での滞在とよく合います。香道の午後のあとに訪ねると、町ごとお香の香りがする島で、同じ技のもう一方の端が見えてきます。

伽羅と沈香 正倉院の香木

香道の香木は沈香です。木の中で樹脂が長い年月をかけてつくられ、熟していきます。樹脂のしみた部分は重く、水に沈むことから沈香の名があり、常温ではあまり香らず、温めると奥深い香りを放ちます。伽羅は沈香の中の最上品です。山田松香木店によると、香りが生まれるまでに長い年月がかかるため香りは複雑に重なり合い、産出がごくわずかなため、昔から金に等しい価値とされてきました。六国はもとは産地の名でしたが、のちに香りの性質による分け方になりました。五味の甘・酸・辛・鹹・苦は、ソムリエがワインを語るように香木を語る言葉です。

いちばん名高い香木は、奈良の正倉院に納められた蘭奢待と呼ばれる沈香です。重さ11.6キロ、長さ156センチ。足利義政や織田信長などが切り取ったと伝えられます。2025年、宮内庁正倉院事務所は、この木が8世紀後半から9世紀後半に育ったこと、300を超える成分が香りをつくっていることを発表しました。奈良の宝物とともに過ごす一日は、京都から奈良へ1日をご覧ください。

香席をお願いする

香道のいちばん深いかたちは、流派の香席です。先生が香炉を整え、客が順に座り、よい香木で組香を一巡します。香席は流派の側の場です。私たちはお客様に代わって先生に、個別の香席や香会の席をお願いできる場合があります。席を設けるかどうか、どなたが同席するかは流派の判断で、お受けいただけないときはそのままお伝えします。そのときも、山田松香木店での体験や松栄堂の香の会は、それだけで十分に満ちた時間になります。

7日から21日の旅のための計画 Signature では、香道はたいてい京都での午後ひとつを使い、茶室や庭と組み合わせます。旅が西へ向かうときは淡路島に一日を。体験と通訳と車を手配し、お支払いはそれぞれ、いちばん簡単な方法で済ませます。たいていはホテルのお会計か当日のお支払いです。京都でお願いしてはじめて開く場所については、二度目の京都をご覧ください。

出典と確かめ方

2026年11月5日に、下の頁を読みました。香の店、流派、官庁、そのほかどこにも問い合わせはしていません。松栄堂は創業を「宝永2年頃」としています。

よくあるご質問

御家流と志野流はどう違いますか

どちらも室町時代にさかのぼります。御家流は公家の三条西実隆を祖とし、堂上の公家に伝えられました。志野流は志野宗信を祖とし、500年以上にわたって道統を受け継ぎ、京都から尾張、いまの名古屋へ移りました。

香席の前に知っておくことはありますか

特にありません。香水をつけずにいらしてください。一つずつ香りを聞き、香炉を次の方へ回します。源氏香のような組香なら、はじめての方にも聞き分ける楽しみがあります。

流派の香席を手配してもらえますか

場合によります。お客様に代わって先生にお願いし、席を設けるかどうかは流派の判断です。京都の香の店での体験は、たいていもっと手配しやすいものです。

体験は英語で受けられますか

私たちが読んだ京都の講座の頁は日本語です。香道の言葉に通じた通訳を手配します。

日本の線香の多くはどこでつくられていますか

兵庫県の淡路島です。県は江井地区の線香を全国の約70%のシェアとしています。

香の午後のご相談

京都にいらっしゃる時期と、どなたと旅されるかをお知らせください。香の店、お願いできる香席、淡路島での一日を、理由とともに並べ、選んでいただけるようにします。

計画をはじめる →

24時間以内に、文面でお返事いたします

手配するお店やバーには、紹介制や会員制のところもあります。お客様に代わってお願いし、お席と日取りはお店の判断によります。名前は公開していません。

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