だるまは、中国に禅を伝えた達磨大師の坐禅の姿をかたどった張り子の人形で、底に重りが入っています。日本では、目標や新しい一年の願いを込める縁起物として求められます。目は白いまま売られていて、願いをかけるときに片方の目を、願いがかなったときにもう片方の目を書き入れます。押しても転がしても起き上がるので、「七転び八起き」の象徴でもあります。群馬県高崎市のだるまの組合によると、全国の張り子だるまの大多数は組合の店で作られていて、2003年ごろの組合の調べで年に約90万個を出荷していました。2026年には、その年最初のだるま市が1月1日と2日に高崎駅の駅前通りで開かれました。

この記事では、顔と目の意味、色のこと、一年を終えただるまをどうするか、そしてどこで出会えるかを紹介します。高崎の工房、1月から3月のだるま市、大阪の勝尾寺です。事実はすべて、2026年10月22日に、寺、高崎のだるまの組合、自治体の公式サイトで確かめました。出典は最後にまとめています。

要点


だるまとは

だるまの名は達磨大師に由来します。少林山達磨寺の説明では、達磨大師はいまから約1600年前、南インドのカンチープラムの王子として生まれ、出家して僧となり、年老いてから海を渡って中国へ行き、少林寺の裏山の洞窟で壁に向かって九年坐禅をしました。丸いだるまはその坐禅の姿です。赤いのは頭からかぶった衣の色で、手と足は衣の中に隠れています。

縁起物としてのだるまは高崎で始まりました。鼻高町の山の中腹にある黄檗宗の禅寺、少林山達磨寺によると、天明3年(1783年)の浅間山の大噴火とその後の飢饉のとき、9代目の住職の東嶽和尚が、開山の心越禅師が描いた「一筆達磨坐禅像」をもとに木型を彫り、豊岡村の山縣友五郎に張り子のだるまの作り方を伝えました。そして正月の七草大祭の縁日で売られるようになったのが始まりです。

高崎だるまの顔

高崎だるまの眉毛は鶴、鼻から口ひげは亀で、日本の吉祥である二つの動物を顔に描いています。顔の両側には家内安全や商売繁盛などの願いごとが書かれ、胴には金の飾りが入り、お腹には大きく「福入」とあります。群馬県達磨製造協同組合は前身が1915年にでき、いまは50余りの店が加わっています。高崎だるまは1993年に群馬県のふるさと伝統工芸品に指定され、2006年に地域団体商標に登録されました。いまは紙の生地を真空成形で型から作り、底に重りを付け、貝殻を焼いた白い粉の胡粉を塗ってから、浸したり吹き付けたりして赤く塗ります。顔だけは、いまも一つひとつ手で描いています。

片目だけ墨が入り、もう片方はまだ白い赤いだるま

片目は願いに もう片目はお礼に

どこで求めても、だるまの習わしはおおよそ同じです。願いをかけるとき、目標を決めたときに片方の目を入れ、願いがかなったときや一年を無事に過ごせたときに、もう片方の目を入れます。少林山達磨寺は、まず心を静めることをすすめています。寺で和尚が最初の一点を入れている場合は、その点を起点に大きく目を書き入れます。

どちらの目から入れるかは、尋ねる相手によって違います。

どちらの目から入れるか、それぞれの説明(2026年10月22日確認)
説明しているところ最初の目二つ目の目
少林山達磨寺(高崎)向かって右もう一方。願いがかなったとき、または一年を無事に過ごせたとき
群馬県達磨製造協同組合だるまの左目(向かって右)をすすめる。ただし順序に決まりはないもう一方。願いがかなったとき
深大寺(東京)のだるま市だるまの左目に、物事の始まりを表す梵字の「阿」だるまの右目に、成就を表す「吽」。その後、寺に納める
勝尾寺(大阪府箕面市)だるまの右目(向かって左)に署名を入れる目標を果たしたら、寺のダルマ棚に納める

いちばんおおらかなのは組合の答えです。左の眼からをすすめ、座席では左が上位とされるという説にも触れたうえで、実は順序に決まりはないと書いています。目を入れるのは心の目を開くことを表すのだそうです。昔は職人が大きく見開いた目を描いてから渡していて、願をかける人が自分で目を入れるようになったのは後のことです。

勝尾寺のやり方

大阪の北、箕面の山の上にある勝尾寺は、「勝ちダルマ」で知られています。寺は、ここでいう「勝つ」とは自分の弱い心に打ち勝つことで、願いを書いて片目を入れることは自分への誓約書に署名するようなものだと説明しています。願いは、一日一日を全力で過ごすことでかなうのだそうです。だるまの底に人生の目的を、背中に365日後に達成したい目標を書き、だるまの右目に署名を入れてから黒く塗りつぶします。目標を果たしたら、感謝の気持ちとともに寺のダルマ棚に納めます。

七転び八起き

だるまは底に重りが入っているので、どう押しても起き上がります。それが「七転び八起き」です。高崎の組合は、重心の安定した形を、どんな困難にも向き合える落ち着いた心と忍耐の表れと読んでいます。

群馬では、この言葉にもう一つ、暮らしに根ざした意味がありました。上州は養蚕の盛んな土地で、蚕は繭を作るまでに4回脱皮します。古い殻を割って動き出すことを「起きる」と言ったので、いつも起き上がるだるまは養蚕の守り神になりました。組合は、北関東の養蚕農家に蚕の大当たりを願うだるまが広まったと説明しています。組合の年表には、1859年の横浜港の開港で生糸の輸出が始まり、蚕大当たりのだるまが売れたとあります。開港でスカーレットという赤の顔料が輸入されるようになり、だるま作りも盛んになりました。

赤とほかの色

だるまといえば赤です。達磨大師の衣のほかに、組合の歴史の頁はもう一つの理由を挙げています。江戸で疱瘡(天然痘)がはやったころ、赤いものが邪気を払うと信じられていて、赤いだるまが疱瘡除けとして子どもの枕元などに置かれていたそうです。

だるま市では赤のほかの色のだるまも並び、色ごとに願いを当てはめた案内もよく見かけます。少林山達磨寺は、色の違いに意味の違いはあるかという問いに、ないと答えています。だるまは、目を入れて願いを込めることで意味を持つのだそうです。好きな色を選び、置く場所に合う大きさを選べば十分です。組合は大きさの習わしにも触れています。願いがかなったら次は一回り大きなだるまを求める人がいて、かなわなかったときはもう一度同じ大きさをすすめているそうです。

一年を終えたら

だるまは一年、または願いがかなうまで手元に置き、その後は「お焚き上げ」で供養するのが習わしです。組合は、決してごみとして扱わないよう求めていて、近くの寺社に頼むか、地域のどんど焼きなどで焚き上げてもらうとよいとしています。

神社のお守りや御札、日本のお正月のほかの縁起物については、お守りの記事と家に飾る縁起物の記事で紹介しています。

どこで出会えるか

高崎

だるまが作られる様子を知るなら高崎です。組合の店は豊岡と八幡の地域を中心に集まっていて、組合によると72人の職人が伝統を受け継いでいます。少林山達磨寺はその上の山にあり、高崎駅西口からタクシーで約20分、群馬八幡駅から歩いて約20分です。境内の洗心亭には、ドイツの建築家ブルーノ・タウトが1934年8月から2年3か月暮らしました。寺の売店は10時から16時まで開いています。

寺の「だるま絵付け場(瑞雲閣)」は年中無休で、雪や台風などで休む日があるだけです。無地のだるまに自分で絵付けをします。料金は高さ12cmの一丸が¥1,500、15cmの一丸半が¥2,000(税込)で、所要は30分ほど、時間の制限はありません。受付は10時から15時30分までです。予約はいりませんが、10人以上の団体は予約が必要です。絵付けしただるまに、和尚が「だるま開眼」をしてくれます。

8月9日の「高崎だるまの日」には、組合が「だるまつり」を開きます。2026年には昔ながらの作り方の張り子体験もありました。

だるま市

だるまは一年中売られていますが、新しい年に新しいだるまを迎える習わしがあるので、1月から3月のだるま市はにぎわいます。高崎のだるま市では、職人が自分の店から威勢よく声をかけます。よく知られた四つを挙げます。

だるま市と日付(主催者の公式の頁による。2026年10月22日確認)
だるま市場所日付知っておきたいこと
高崎だるま市群馬県高崎市、高崎駅西口駅前通り2026年は1月1日と2日、10時から16時。2027年の日付はまだ発表されていません主催者は「全国で最も早いだるま市」としています。2020年には37万人が訪れました。高さ2.8mの特大だるまが展示されます。
少林山七草大祭だるま市高崎市、少林山達磨寺寺の年間行事では1月6日と7日縁起だるまが初めて売られた縁日で、だるまが生まれた寺で開かれます。
毘沙門天大祭静岡県富士市、妙法寺毎年、旧暦の1月7日から9日。そのため日付は年ごとに変わります富士市は日本三大だるま市の一つとしています。
深大寺だるま市東京都調布市、深大寺例年3月3日と4日山門の紅梅と白梅が見ごろを迎えるころ、縁起だるまの店を中心に約300余りの店が並びます。買っただるまの左目に、僧侶が梵字を入れます(9時から16時30分)。

だるま市の日は人出が多く、交通規制もあります。深大寺は公共の交通機関で来るよう呼びかけていて、両日で10万人余りが訪れるそうです。日本の一年の中でいつにあたるかは日本の行事の暦で、年の瀬のもう一つの縁起物、熊手を売る11月の市は酉の市の記事で紹介しています。

大阪の勝尾寺

勝尾寺は西国三十三所の第二十三番札所で、明治の森箕面国定公園の中、八万坪の境内に建っています。勝ちダルマは寺で授かれます。入山志納料は高校生以上¥500です。箕面萱野駅からタクシーで約15分です。秋と正月の土日祝は駐車場が完全予約制になり、2025年11月の土日祝には紅葉のライトアップで20時30分まで開いていました。

STAYGO がお手伝いすること

STAYGO は、東京から日本各地のプライベートな旅を組み立てています。だるまは、だるま市の日に合わせても、作る人のそばで静かな時間を過ごしても、旅の一日になります。高崎の職人の工房で自分のだるまに絵付けをして最初の目を入れてみたいなら、日程をお知らせください。どんなことができるか工房にうかがい、それぞれの工房でできることをお返しします。少林山達磨寺の絵付け場は予約なしでだれでも使えるので、群馬で過ごす一日にも入れやすい場所です。お申し込みはお客様の名義で私たちがいたし、お支払いはお客様からホテル、工房、レストラン、ガイドへ直接していただきます。私たちの手数料や上乗せはありません。旅は Signature プランで、より長く込み入った旅は Bespoke で組み立てます。

出典と調べ方

下に挙げた公式の頁を、2026年10月22日に読みました。寺、組合、主催者には問い合わせていません。ガイドブック、予約サイト、報道の日付や数字は使っていません。習わしは寺によって違い、日付や料金は変わることがあります。

よくあるご質問

だるまの目はどちらから入れますか

少林山達磨寺と高崎のだるまの組合は、願いをかけるときに向かって右側、つまりだるまの左目から入れ、願いがかなったらもう一方を入れます。大阪の勝尾寺は反対の目から入れます。組合は、実は順序に決まりはないとしています。

だるまの色にはそれぞれ意味がありますか

赤は達磨大師の赤い衣に由来し、江戸では赤いものが疱瘡を払うと信じられていました。ほかの色にそれぞれの願いを当てはめる案内もありますが、少林山達磨寺は色の違いに意味の違いはないとしています。だるまは、目を入れて願いを込めることで意味を持ちます。

願いがかなっただるまはどうすればよいですか

もう一方の目を入れ、一年を終えたらお焚き上げで供養してもらいます。高崎の組合は、決してごみとして扱わないよう求めています。少林山達磨寺は毎日9時から17時までだるまを預かり、深大寺は2月28日から納め所を開きます。

日本のだるま市はいつ開かれますか

高崎だるま市は2026年は1月1日と2日に高崎駅西口駅前通りで、少林山達磨寺のだるま市は1月6日と7日、富士市の毘沙門天大祭は旧暦の1月7日から9日、東京の深大寺のだるま市は例年3月3日と4日です。

自分でだるまに絵付けができる場所はありますか

高崎の少林山達磨寺に、毎日10時から15時30分まで受け付けている絵付け場があります。料金は12cmのだるまが¥1,500、15cmが¥2,000で、10人以上の団体のほかは予約はいりません。

自分だけのだるまを

日本に来られる時期と、高崎の職人の工房でだるまに絵付けをしたいのか、だるま市の日に合わせたいのかをお知らせください。どんなことができるかうかがい、旅の日程にどう入るかをお返しします。

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