天ぷらがいちばんおいしいのはカウンターです。一つずつ、油から上がったばかりの、衣がまだ小さく鳴っているうちに皿へ置かれます。東京と京都の名店は客を鍋のまわりに座らせ、料理人が目の前でコースを揚げていきます。海老を一本、鱚を一尾、さつまいもを一切れ。火加減を確かめながら。

この記事は天ぷらのカウンターの話です。江戸前の天ぷらがどこから来たか、油と衣は何をしているのか、鍋に映る季節、塩と天つゆ、ミシュランガイドが載せるカウンター、そして東京と京都の違い。2026年11月5日に、ミシュランガイド、店と予約サービス、食文化の財団、国立国会図書館、日本の雑誌とニュースサイトの頁を読みました。どこにも問い合わせはしていません。出典は最後にまとめています。東京の名店の席がどう埋まるのかは東京の名店の席はどう埋まるのかを、懐石の夕食の流れは懐石の作法をご覧ください。

要点

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江戸の屋台からカウンターへ

ミシュランガイドがまとめた天ぷらの歴史は、16世紀に小麦粉の衣で揚げる調理法を伝えたポルトガルの宣教師と商人から始まります。16世紀後期の長崎天ぷらは、砂糖を混ぜ酒で溶いた厚い衣をラードで揚げ、何もつけずに食べました。京や大坂ではこの方法が「つけ揚げ」となり、野菜が身近で仏教の習わしも根強かったことから、植物の油で揚げて精進揚げと呼ばれました。

江戸に天ぷらが現れたのは18世紀後半、蕎麦、鰻に続く三つ目の屋台の味としてでした。木の家が並ぶ町で屋内で揚げるのは火事が心配で、屋台が向いていたのです。味の素食の文化センターは、油を使う商いは屋外でしか許されず、屋台で立って食べる習慣が広まったと記しています。新鮮な小魚が手近にあり、胡麻油が生臭さを消しました。ミシュランガイドによれば、小麦粉を水で溶く今の衣は江戸で生まれたものです。手が汚れないよう串に刺し、天つゆと大根おろしで食べました。2025年1月に太田記念美術館で展示された歌川広重の高輪の二十六夜待の図には、屋台で天ぷらや蕎麦、お汁粉を楽しむ人々が描かれています。Forbes JAPAN は、握り寿司、天ぷら、鰻、蕎麦を、屋台から始まった江戸の四つの名物に数えています。

屋台を出た天ぷらは、店の中へ、格の高い席へと上がっていきました。1930年創業の銀座天一は、魚介が中心だった種にいち早く野菜を取り入れました。国立国会図書館が所蔵する露木米太郎の『天ぷら物語』(1961年)は、東京の天ぷら屋の繁昌記から始まります。いま座るカウンターは屋台の子孫です。料理人は今も鍋の前に立ち、揚がったものはすぐに客へ渡ります。

紙の上に置かれた、白く軽い衣の海老と野菜の天ぷら

油と衣と火

カウンターでは、油の選び方が料理人の署名になります。父と二人の息子で営む京橋 てんぷら 深町は、圧搾の胡麻油と温度の違う二つの鍋を使い、中温で揚げてから高温でもう一度揚げることもあります。目黒の天婦羅 みやしろは軽さのために胡麻油に米油を合わせます。銀座天一は胡麻油を基にコーン油を配合しています。白金台の天ぷら 銀屋は高温で揚げ、ミシュランの調査員の言葉では、油の音に耳を澄ませています。

もう半分は衣です。半世紀以上鍋の前に立ち続けるてんぷら 近藤の近藤文夫さんは、天ぷらは揚げ物であると同時に蒸し物だと言います。油から上がった後も、衣の中で素材が自らの水分で火を通し続けるのです。揚げる時間から逆算して、種は揚げる直前に仕込みます。恵比寿の天ぷら 元吉では、二種類の水と液体窒素で衣を作ります。そのおいしさの多くは、油から上がって一分のうちに消えていきます。

鍋に映る季節

天ぷらのコースは市場に従います。鱚、穴子、海老は東京のカウンターでなじみの種で、野菜は季節とともに変わります。天婦羅 みやしろでは、筍を一度ゆでてから揚げます。元麻布の天 よこたは海老を主役にコースを組み、最初の一本をレアに揚げて甘みを引き出します。銀座天一は旬の魚と野菜を築地から仕入れています。

近藤さんは野菜を食事の中心に据えました。2012年の nippon.com のインタビューでは、直径10cmを超える輪切りのさつまいもを約30分揚げて水分と甘みを閉じこめること、一本の蔓に五つ実るかぼちゃを三つにしてもらい一つずつの味を濃くすることを語っています。細切りの人参を一度にまとめて揚げる一品は、近藤さんが考えたものです。近藤に座るなら、さつまいもと人参がその理由です。

塩か天つゆか

ミシュランガイドがまとめる昔の決まりは、東京は大根おろしの天つゆ、関西は塩でした。油を切る大根おろしと天つゆは、色濃く胡麻油で揚げる江戸の天ぷらに合います。塩は、薄く白い衣と繊細な野菜をそのまま味わわせます。祇園の京星では塩を手で砕きます。京都の天若では天つゆを温かいまま出し、刻んだ玉ねぎと辛子をのせる種もあります。祖父から受け継いだ店の流儀です。

いまは多くのカウンターが両方を置き、料理人が一つずつどちらで食べるかを教えてくれます。海老の頭、穴子、かき揚げはたいてい天つゆ。野菜、鱚、レアに揚げたものは、塩をひとつまみだけ。

東京と京都

東京は江戸前のカウンターの本拠地で、ミシュランガイドの日本の一覧も東京に重心があります。二つ星の銀座の近藤と恵比寿の元吉の隣に、京橋の深町から人形町の日本橋 蕎ノ字、江戸前 晋作、天ぷら やぐちまで、一つ星の店が街じゅうに並びます。胡麻油で揚げ天つゆと大根おろしで食べる昔ながらの天ぷらや、近藤の野菜を味わうなら東京です。

京都はもっと静かで軽やかです。京星の衣は透けるほど薄く、一つずつが小さいのは、調査員によれば芸妓さんや舞妓さんの口に合わせた心遣いです。締めは天ぷらをのせたご飯に緑茶を注ぐ天茶です。天若は祖父から受け継いだ天ぷら懐石を出します。ザ・リッツ・カールトン京都の天麩羅 水暉は、揚げる前に素材を見せてくれます。鷹峯と修学院の野菜、淡路と静岡の魚介。懐石の夜のあいだに、京都の天ぷらのカウンターは軽い夕べになります。

私たちがお願いするカウンター

お客様に代わってお願いし、カウンターをその夜に合わせて選びます。野菜なら近藤、新しい工夫なら元吉、江戸の手わざなら深町か銀屋、京都なら京星か天若。お席と日取りはお店の判断によります。一休の銀座天一の頁には、すべて同じ油で揚げること、卵、小麦、大豆、胡麻のアレルギーのある方は受けられないことが書かれています。アレルギーはお願いする前に先方へ伝えます。日本の食物アレルギーとグルテンフリーの食事もご覧ください。

7〜21日の旅をつくる Signature の中で、私たちは天ぷらのカウンターを旅の早い時期に置きます。その週のほかの食卓を、それと比べて味わえるように。食事の支払いは、たいていホテルの勘定かその日に、いちばん簡単な方法で済ませます。

出典と確かめ方

2026年11月5日に以下の頁を読みました。店、ガイド、財団、その他どこにも問い合わせていません。ミシュランの評価は、各店の頁に示された2026年のものです。

よくあるご質問

カウンターとテーブルのどちらに座るべきですか

カウンターです。天ぷらは油から上がって最初の一分がいちばんおいしく、カウンターなら一つずつがすぐ目の前に置かれます。

塩と天つゆのどちらで食べればよいですか

たいてい両方が置かれ、料理人が種ごとにどちらが合うかを教えてくれます。目安は、野菜と繊細な魚は塩、海老、穴子、かき揚げは大根おろしの天つゆです。

てんぷら 近藤などの二つ星のカウンターを手配できますか

日程と人数をそえて、お客様に代わってお願いします。お席と日取りはお店の判断によります。

食物アレルギーがあっても天ぷらは食べられますか

甲殻類、胡麻、卵、小麦は難しいことが多いです。衣は小麦粉で、銀座天一のようにすべてを同じ油で揚げる店もあります。早めにお知らせいただければ、お願いする前に先方へ伝えます。

天ぷらは東京と京都のどちらがよいですか

東京にはミシュランに載るカウンターが多く、胡麻油と天つゆと大根おろしの江戸の流儀があります。京都のカウンターは薄い衣、小さな種、塩と、軽やかな傾向があります。

天ぷらのカウンターのご相談

いつ来られるか、どなたと行かれるか、何を召し上がるのがお好きかをお知らせください。東京と京都で夜に合うカウンターを理由とともに並べ、選んでいただけるようにします。

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手配するお店やバーには、紹介制や会員制のところもあります。お客様に代わってお願いし、お席と日取りはお店の判断によります。名前は公開していません。

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