少し前まで「AIに旅の計画を任せられるか」への正直な答えは、読んで提案するところまで、というものでした。その答えはもう古くなりました。自律型のエージェントは、いまや自分で調べ、申込みを埋め、カードを持ち、場合によっては電話までかけます。日本の旅程を投げれば、便・鉄道パス・ホテル・レストランの一覧を返してきますし、その多くは正しい内容です。
だからこそ、何が変わって何が変わらないのかを正確にしておく価値があります。線は、多くの人が思っている場所には引かれていません。「調べる」と「動く」の間ではなく、公開されている在庫と、公開されていない在庫の間にあります。
エージェントがすでに得意なこと
公開されたAPIか、動く予約ページがあるものは、もうエージェントの手の内にあります。しかも人より速いことが多い。航空券と座席指定。新幹線の指定席と鉄道パス。外資系のホテルチェーン。日時が決まって放出される美術館のチケット。空港送迎。ホテル間の荷物輸送。時間指定の入場券。
人が時間をかけてやる面倒な比較も速い。どの経路が短いか、どのパスなら元が取れるか、どの街に泊まれば目的地に近いか。
ここまでが公開された層です。そして公開された層は、日本の旅で難しかったことが一度もありません。旅のあとで覚えている部分でもありません。
在庫が途切れるところ
そして、人が日本へ来る理由になっている部分は、たいてい、どこにも公開されていません。
六室を家族で回している旅館に、予約エンジンはありません。導入する気もありません。八席のカウンターは、一か月ぶんずつ電話で予約を受け、その電話が鳴るのは一日四十分ほどです。祇園のお茶屋には、公開された値段も、品書きも、扉もありません。年に二度だけ内陣を開ける寺は、そのための券を売っていません。
これは珍しい話ではありません。初めての日本と五度目の日本が別の国のように感じられる理由の、かなりの部分がここにあります。
壁は技術ではない
いま書いたことを「いずれ埋まる差」と読みたくなります。エージェントが賢くなり、電話がうまくなり、日本語が達者になれば、六室の旅館にも届くようになる、と。それは、先方で何が起きているかを読み違えています。
六室の旅館に届かないのは、技術が足りないからではありません。女将が、誰を受けるかを決めているからです。そしてその判断は、依頼の中身ではなく人について下されます。
日本は情の国です。情は、感情のことでも、飾りのことでもありません。互いに世話をしてきた人の間に積もっていく、気持ちと義理のことです。そしてそれが、部屋を誰に空けるかを決めています。積もるのは時間をかけてで、足を運ぶこと、誰かに口をきいてもらうこと、そして口をきいてくれた人に恥をかかせないことで積もります。
京都には、その裏返しの言葉があります。一見さんお断り。たいてい「排他的」と説明されますが、長年かけて積んできたものを、家が守っているのだと読むほうが実情に近い。
「エージェントは合理的な条件をすべて満たしても、断られます。誰もエージェントに借りが無く、エージェントも誰にも借りが無いからです。」
正しい日本語。支払いの保証。柔軟な日程。どれも判断を動かしません。足りないのは情報でもお金でもないからです。同じ日程、同じ予算でも、誰が頼むかで通ったり通らなかったりするのは、これが理由です。違っているのは、依頼の中身ではありません。
先方に届くもの
エージェントがあなたの代わりに宿へ連絡すると、具体的にこうなります。見覚えのないアドレスから、いまでは大抵正しい日本語で、日付を尋ねる文面が届く。それまでのやり取りは無く、意味を持つ名前も無く、折り返す先もありません。
返ってくるのは、断りではありません。ほとんどの場合、丁重な「空いておりません」です。その日はいっぱいでして。今季は新しいお客様をお取りしておりませんで。お声がけいただきありがとうございます。旅行者はこれを運が悪かったと読んで次へ進み、その部屋が空いていたことを知る方法は、ありません。
覚えておく価値があるのはこの壊れ方です。エラーが出ないからです。エージェントは「連絡しました」と報告しますし、その報告は正確です。
何かが起きた日
もう一つ自動化されない側があります。事が起きたあとの責任です。
台風で箱根登山鉄道が正午に止まる。板前が体調を崩し、十九時の予約が十六時に流れる。福岡からの便が飛ばず、二時間先の旅館にいま日本語で伝えなければならない、しかも先方が応じてくれる相手から。
エージェントは取り直しはできます。できないのは、電話の向こう側にある関係を背負うことと、組み直した午後がまた外れたときに答えられる人間であることです。一年かけて組んだ旅で、その差はたいてい一度だけ訪れます。そして人が覚えているのは、その一度です。
両方をどう使うか
分け方は、思想の問題ではありません。
公開されている層はエージェントに渡してください。便、鉄道、チェーンホテル、チケット、経路、荷物、比較、そして一日の下書き。速く、しかもよくやってくれます。
閉じている層には人を入れてください。しかも早めに。紹介は、出発の前の週に取り寄せられるものではありません。本当の差が出るのは三か月から六か月前です。その時点でなら、依頼を「先方がすでに知っている人」から出せるからです。
どの旅にも、閉じた層にあるものが一つか二つは混じります。そしてそれはたいてい、その旅が存在する理由そのものです。そこだけは、先方にすでに知られている人へ渡す価値があります。